看取りを通して祖母から学んだこと。

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ご無沙汰していました。

1月半ばに祖母が倒れて、救急車で市内の総合病院に入院しました。

そして、薬石効無く、2月に入り87歳で息を引き取りました。

この記事の情報は2011年2月現在です

24時間付き添い看護の末

入院後も元気で退院するという感覚はなかったんですが、それでも祖母の年齢なら数日で無理といわれていたのが、2週間頑張ってくれました。

ばあちゃん、ありがとう。

家族と交替で24時間付き添いをしていましたが、入院中、レイキヒーリングをしたり、アロマオイルを足の裏などに塗布したり。

病院からしたら迷惑な患者だったと思います。

しかし、いろいろ祖母が身を持って教えてくれたことがありました。

癒しの双方向性とバランス

まずは、ヒーリングや癒しというのは、自分がする側であっても反対に相手からしてもらっている、受け取る量が圧倒的に多いということ。

祖母にヒーリングをすればするほど、自分が祖母に包まれて癒されているのを身を持って体験したので、憎まれ口叩く面倒な祖母でしたが、根底でお互いに愛し合っていたんだなぁと改めて気づきことができました。

最期の尊厳について話し合う大切さ

また、普段から家族で、生き方や人間の尊厳、というと大げさですが、どういう最期を迎えたいかというのを話し合うことが大切ですね。

本人が意識混濁で選択できない危険な状態のときに、延命治療を望むのか自然なままに任せるのか。

人工呼吸器や命を短いけれども伸ばすことのできる薬をチョイスするのかどうか。

このへんは、平素、家族でちらっとでもいいので会話があると、いざというとき家族はできるだけ本人の希望を類推することができます。

今回はそのあたりの選択をほぼ孫の私がしていました。

両親は数年前の大病の後遺症で、込み入った内容の判断は難しかったため、祖母の入院中は孤独な日々でした。

そのため、一人の人間の命について自分が決めていいのだろうか、という思いと葛藤しながらでしたが「祖母ならこうしてほしいだろう」と、そういうのをイメージしながら決断していきました。

本人>家族>医療

あと、病気と戦うというのは、なによりもまず本人が闘病しようという意思があって、そのうえで家族がサポートし、それらをバックアップするかたちで病院や医師や看護スタッフが存在しているということ。

この点は、患者や家族側に立ったとき、絶対守り通さなくてはいけないスタンスだと痛感しました。

いま患者がどういう状態なのか、現在や今後の治療はどうしていくのか。

本人や家族はどういう希望なのか。地域や病院にもよると思いますが、素人なりに説明を求め、みずからもある程度勉強をし、ときには病院側と対抗するぐらいの強い意志が必要な気がしました。

私の住む地域はずいぶんと田舎ですし、思っていても表立って言わない傾向があるので、病院側も適宜の説明というのをしていない印象を受けました。

病院に任せておけばいい。

看護スタッフさんがいるから大丈夫。

そういう安易な思い込みは、うまく意思を表明できない患者本人の思いをないがしろにする結果になりがちです。

急性期の医療する側、受ける側

普段、通院していたかかりつけ医がいるなら、紹介状なり入院先の担当医に連絡をとってもらうなりという連携も必要だと思いました。

とくに高齢になると、通常チョイスするだろう治療方針よりも、その患者のそれまでの体質や病歴から、イレギュラーな治療法を選択するほうが有効だったりすることもあるようです。

姉が結婚前まで医療事務をしていたので、祖母の付き添い中もずいぶん医師や看護師に質問していたらしいですし、私自身も父母ともに大病を経験しているので若干の知識もあります。

それでも何度も説明を求めて「うるさがられるかなぁ」というぐらいまで聞いた頃から、医師の方から説明や選択を聞いてくるようになりました。

これが、一般の家族だったらほんと病院にまかせきりになっていただろうなと思います。

今の治療がなにを意味するのか。

そして、予後がどうなっていくのか。

ある程度の疑問を持てるぐらいの基礎的な知識は必要だなと思いました。

そして、医師側からもっと説明があるような医療が少しでも広がればいいなと感じます。

人生で逃れられない看取りのシーン

付き添いしていて不思議な感じだったのは、自分って誰かを看取るっていうのをいったい何回やってきたんだろうって感覚でした。

家族や知人だけじゃなくて、まったく知らない人たちを数えきれないぐらい看取ってきたんだなあと思いました。

お坊さんとか山伏とか巡礼者、そういうイメージですね。

葬式から一週間。

いろいろ思うことは尽きませんが、また書くこともあるかと思います。

いつも、ありがとうございます。

こころから感謝します。

2011年2月9日 執筆
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